hamagoten 浜御殿 (徳川家)
八代将軍 吉宗がオランダに注文してベトナムから輸入した象。浜御殿で飼育。1722年享保13年
1853年ペリー来航
幕府は対応に追われる。お台場に大砲で防戦を張る
江戸幕府はオランダに注文1865年、オランダヒップスゾーネン造船所で進水
1866年横浜に到着、木造で外壁を銅張りの2600tのフリゲート艦、2気筒の蒸気機関、26門の大砲
海陽丸で15代将軍慶喜が鳥羽伏見の戦いに大阪湾に赴くが敗戦濃厚に成ると浜御殿に引き返した船着き場
戊辰戦争で無血開城したが榎本鎌次郎は1868年に開陽丸を蝦夷に向かい最後の抵抗を試みるが、江刺で座礁
オランダは九州程の小さな国、徳川家康はオランダの現状を理解して日本を植民地には出来ないだろうと,唯一貿易相手国に選んだと思うとすごい
江戸時代にはオランダ領東インド(インドネシア)を植民地にしていたが本国はスペイン、フランス、イギリスとずーと戦いの連続
増上寺 (徳川家の菩提寺)
江戸時代の増上寺は徳川の菩提寺という事で隆盛を極めていた。広大な敷地だ。
江戸時代に作られた物が残っているのは少ない
旧台特院霊廟惣門(大徳院は2代秀忠7の院号)
黒門(旧方丈門)
三門(三解脱門)
水盤舎(浜離宮の清揚院に有った物)
鍾楼堂の釣り鐘(江戸三大名鍾の一つ)
鋳抜門(六代家宣の霊廟に置かれた物 文昭院)第二次大戦の空襲でお墓はひどい事に
四菩薩像(13世紀 室町時代の作)
晃光殿の表門。圓光大師堂正面の門 江戸中期1700年代の作)
有章院霊廟と二天門 (多聞天と広目天)京の仏師二十八世法橋康伝と弟子の作
御成門(増上寺裏門)
正面入り口の三解脱門は改修作業中で2030年頃まで修復するらしいので足場でおおわれている
江戸時代の浮世絵で当時をしのぶ。
明治時代に写した写真に着色した様だ。
旧芝離宮恩赦庭園(大老 大久保忠朝)